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Violaceo Luna


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十三回忌

阪神大震災から12年が経ちました。
犠牲者の方々は十三回忌にあたります。

もう12年も前の話になるんですね。

12年前というと俺は小学校の3年生あたりになるんですかね。
揺れに気付かず、寝ているところを母親に叩き起こされたのを覚えてます。




阪神大震災で思い出すのは、俺にとっては父方の祖父のことです。

理由は「あの時、俺はどうしてたっけな」と思い出すと「父は家におらず、祖父のところにいた」というのが最初に思い浮かぶからです。


当時、祖父はガンの手術を無事に終え病院に入院していました。
自分で動くこともままならず、父と母が交代で病院に寝泊りし、世話をしていました。

そのときに阪神大震災が起こり、携帯電話も普及していない時代ですから中々連絡が取れなかったのを覚えています。



俺は祖父のお見舞いに何度か行ったことがあるんですが、手術直前の姿と、震災・手術後のときに病室で会った姿は今でも鮮明に思い出せます。

祖父はものっすごい元気な人で、結構すぐに体調を崩す祖母の代わりに家事類は料理も含めて全てこなしていました。
両親と共に俺が遊びに行くと、鍋やらたこ焼きやらを作ってくれました。

その祖父が車椅子に乗って、めちゃくちゃ長い注射針で麻酔を打たれる姿は、なんとも言いようの無い光景でしたが、それでも笑顔で手を振ってくれたことは、もっと強い印象として残っています。

術後の面会ではもっと強烈なものでした。
たくさんの管が体に通っていて、「タンがノドに引っかからないように」と喉元にも管があるせいで声もまともに出せない姿でした。
その前の年までは今の俺よりも元気に生活していたのに…


手術は無事成功し、あとは本人の体力次第と言われていましたが、その約2ヶ月半後、自身の誕生日を迎える前日に他界しました。






震災で黙祷を捧げる家族が涙を流しながら、

「未だに家族の死を信じられない自分がいる」

とインタビューを受けてる女性が放送されていました。




葬式を始め、祖父が他界したことで俺は涙を流したことはありません。

しかしこのインタビューの言葉を聞いたとき、胸から込み上げるものがありました。

あのとき病院にいた祖父はもう12年も前にいなくなったんだな、と震災の被災者と同じ時期に十三回忌を迎える今になって、ようやく気付いたような気がします。



最後に、被災者の皆様に心よりご冥福をお祈ります。
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